応用解析:エマグラム基礎編
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ここでは、エマグラムを描画するのに必要な各種断熱式(乾燥断熱、湿潤断熱)の基礎式を紹介し、
現在、利用可能な高層気象観測データから、エマグラムを描画するまでの応用技術面、計算技術面を
詳細に記述し、その概要を把握することを目的に、基礎編として記述した。
さらに、エマグラムを実際に描画する際に必要となる知識を、
エマグラム実用編 として記述し、さらに、MS-Excel上でエマグラムを描画
できるよう、今回開発したツールを、
エマグラム描画ツール として記述し、まとめた。
- 1. エマグラムとは
- 2. 乾燥断熱線
- 3. 湿潤断熱線
- 3.1 数値解法
- 4. 等飽和混合比線
- 5. 高層気象観測データ
- 6. 状態曲線
- 7. Excelによるエマグラム描画ツール
- 8. Literature Cited
【注】数式表示にはMathJaxを利用しています。IE8以下では表示が遅くなる可能性があります。FireFox などIE8以外のブラウザを利用下さい。
エマグラムとは
エマグラムは、気象予報の際に使われる、大気の鉛直方向の安定性を判断するための断熱線図である。
その例を図1に示す。図は、第42回気象予報士試験の実技1の試験で出題されたチャートをサンプル
として掲げた。
図の右上の拡大図は試験用のために部分的に拡大したチャートであり、本来は左下に各種の線群が引かれている。
横軸は温度を示し、縦軸は気圧の対数をとっていて、片対数グラフをなす。縦軸の下が地上気圧のほぼ1000hPaで、上に行くに従い 気圧が減少している。すなわち、縦軸は地上から上空の高度に相当する。天気予報で「上空5000mで寒気が・・・」と言っているのは 500hPaのところの高度に相当する。ちなみに200hPaはおよそ9600mの高度で飛行機が飛んでいる高度に相当。
図には、乾燥断熱線群(地表から約45度の勾配で左上に伸びるほぼ直線の線群)、湿潤断熱線群(
同じく地表から左上に伸びるやや上に凸の曲線群)、等飽和混合比線群(図では1000hPaから600hPaの間に
プロットしている勾配の急な直線群)が描かれている。
これ以外に、その地点の高層気象観測データである気温と気圧をプロットした状態曲線(図では太い実線)、
露点温度と気圧とをプロットした露点曲線(図では太い破線)が描画されている。
また、サンプルとして示した図には表示されていないけれども、高度別に風向・風速を表示したエマグラムも あり、ときどき予報士試験問題として出題される。後述の図3にその例を示す。
以下、エマグラム基礎編ということで、まずエマグラムに記載されている情報がどのような基礎式から計算されているのかを紹介する。 そして、エマグラム描画ツールを簡単に紹介する。
乾燥断熱線
水蒸気を含まない乾燥した気体の空気が、断熱的に上昇するときの温度・圧力の変化を考える。水分を含むと、 途中で温度・圧力によっては凝縮し、液相の水や固相の氷となって相変化する場合もあるが、こうした水分の相変化 がないとしたときの、温度・圧力の断熱変化を考える。
熱力学の第一法則、すなわち熱エネルギーの保存則を、乾燥空気に適用し、また理想気体であるとすると \[ \begin{align*} dQ & = C_p dT-\alpha dP \tag{1} \end{align*} \] となる。ここで、\(\alpha\) は比容 [m3/kg] (\(=1/\rho\))、\(\rho\) は密度[kg/m3]、\(C_p\)は定圧比熱である。
断熱変化がゼロ \( dQ=0\)、静力学平衡の式 \(dP=-\rho g dz \)を代入し、整理すると、 \[ \begin{align*} -\frac{dT}{dz} = \frac{g}{C_p} = \varGamma_d \tag{2} \end{align*} \] となる。ここで、g は重力加速度[m/s2]、z は高度[m]である。
式(2)は、気温\(T\) の高度変化が重力加速度\(g\) と定圧比熱\(C_p\) の比であることを表しているにすぎず、
気圧\(P\) と気温\(T\) との関係が明瞭ではない。そこで式(1)の\(\alpha\) に、理想気体の法則 \(P\alpha=R_dT\) を用いると
\[
\begin{align*}
\frac{C_p}{R_d} \frac{dT}{T} - \frac{dP}{P} = 0 \tag{3}
\end{align*}
\]
となる。ここで\(R_d\) は乾燥空気のガス定数(=287 J/K/kg)である。これを、\(P_o\) =1000hPaから任意の圧力\(P\) まで積分すると、
\[
\begin{align*}
\frac{C_p}{R_d} \ln \frac{T(P)}{T(P_o)} = \ln \frac{P}{P_o} \tag{4}
\end{align*}
\]
が得られる。ここで、\(T(P_o)\) は、1000hPaにおける気温を示し、温位(Potential Temperature)\(\theta\) と定義される。
逆に言えば、温位とは、ある気塊を断熱的に圧力1000hPaに変化させたときの温度をいう。
すなわち、乾燥空気の温位は断熱変化によって温度・圧力が変わろうとも一定となる(温位は保存される)。
\[
\theta \equiv T(P_o)=T \Big( \frac{P_o}{P} \Big)^{R_d/C_p} \tag{5}
\]
したがって、\(P_o\)=1000 hPa、\(\theta\)を用いて表すと、 \[ \begin{align*} P & = 1000 \Big(\frac{T}{\theta}\Big)^{C_p/R_d} \quad \rm{[hPa]} \tag{6a} \\ T & =\theta \Big(\frac{P}{1000}\Big)^{R_d/C_p} \quad \rm{[K]} \tag{6b} \\ \theta & =T \Big(\frac{1000}{P}\Big)^{R_d/C_p} \quad \rm{[K]} \tag{6c} \\ \end{align*} \] となる。式(6)は乾燥空気が凝結なしに断熱変化するときの温度\(T\)と圧力\(P\)の関係を示している。 エマグラムの乾燥断熱線は指定した温位\(\theta\)での気温と気圧との関係をプロットしたものである。 なお、乾燥空気の物性値として、 \[ \begin{align*} R_d & = 287 \rm{J/K/kg} \\ C_p & = 1004 \rm{J/K/kg} \\ C_v & = 717 \rm{J/K/kg} \\ M_w & = 28.961 \rm{g/mol} \\ \end{align*} \] を用いる。
湿潤断熱線
湿潤断熱線は、水分を含んだ空気(湿潤空気)を断熱変化させたとき、水分の相変化を考慮して、熱力学第一法則を適用して求める。
湿潤空気を断熱変化させると、条件により、水分の凝結・蒸発が起き、これら相変化に伴う熱収支を考慮している。
以下の基礎式の導出には資料1),2)を参考にした。
断熱変化に伴い、水分の相変化により空気中の水分量、すなわち飽和混合比\(q_s\) (kg-H2O/kg-dry-air)が変化するが、そのときの蒸発潜熱を\(L\) (J/kg)、飽和混合比の変化分\(dq_s\)
とすれば、
\[
\begin{align*}
-L dq_s & = C_p dT - \alpha dP=C_p dT -R_dT \frac{dP}{P} \tag{7}
\end{align*}
\]
となる。
式(5)の\(\theta\) を微分し、式(7)を代入すると \[ \begin{align*} d \theta & = \frac{dT}{T}\theta - \frac{R_d}{C_p} \theta \frac{dP}{P} \tag{8a} \\ \frac{d \theta}{\theta} & = -\frac{L}{TC_p}dq_s \simeq - d \Big( \frac{Lq_s}{TC_p} \Big) \tag{8b} \\ \end{align*} \] となる。式(8b)を積分し、大気上限で\(q_s \rightarrow 0\) とし、その時の温位を\(\theta_e\) とすれば \[ \theta_e = \theta \exp\Big(\frac{Lq_s}{C_pT}\Big) \tag{9} \] が得られる。\(\theta_e\) を相当温位(equivalent potential temperature)という。湿潤空気の断熱変化の場合には 相当温位は保存される。
式(9)は、温度と圧力とで直接表現されておらず、湿潤断熱線を描くことができない。そこで、式(7)に立ち返り、 静力学平衡の式 \(dP=-\rho g dz \) を代入すると、 \[ \frac{dT}{dz} = -\frac{g}{C_p}- \frac{L}{C_p}\frac{dq_s}{dz} \tag{10} \] となる。つぎに飽和混合比の高度変化項\( dq_s/dz\) を考え、次のように変形する。 \[ \frac{dq_s}{dz} = \frac{\partial q_s}{\partial T}\frac{dT}{dz} + \frac{\partial q_s}{\partial P}\frac{dP}{dz} \tag{11} \]
飽和混合比は定義から、飽和蒸気圧\(e_s\) と気圧\(P\) との間に、次の関係がある。 \[ q_s=\frac{\varepsilon e_s}{P-e_s} \simeq \frac{0.622e_s}{P} \tag{12} \] ここで、\(\varepsilon\) はMw(H2O)/Mw(Air)=0.622である。式(12)から、次の近似を置く。 \[ \frac{dq_s}{q_s} \simeq \frac{de_s}{e_s} \tag{13} \]
一方、飽和蒸気圧\(e_s\) は、例えば次のClausius-Clapeyron式で表され、温度のみの関数である。 \[ e_s =e_0 \exp \Big[ \frac{L}{R_v}\Big(\frac{1}{T_0}-\frac{1}{T} \Big) \Big] \tag{14} \] ここで、\(R_v\) は水のガス定数(=461.7 J/K/kg)、\(T_0\) は水の三重点(=273.16 K)、\(e_0\) は三重点での水の飽和蒸気圧(=6.1173 hPa)、 \(L\) は水が水蒸気になるときの蒸発潜熱(\(=2.500 \times 10^6\) J/kg) である。式(14)から、 \[ \begin{align*} \frac{de_s}{e_s} & =\frac{LdT}{R_vT^2} \tag{15a} \\ \frac{de_s}{dT} & =\frac{Le_s}{R_vT^2} \tag{15b} \\ \frac{dq_s}{dT} & =\frac{Lq_s}{R_vT^2} \tag{15c} \\ \end{align*} \] となる。また式(12)から、 \[ \frac{dq_s}{dP}=-\frac{0.622}{P^2}=-\frac{q_s}{P} \tag{16} \]
これら式を式(11)に代入し、さらに\(dP/dz\)に理想気体の式と静力学平衡の式を代入すると、 \[ \frac{dq_s}{dz}=\frac{Lq_s}{R_vT^2}\frac{dT}{dz}+\frac{gq_s}{R_dT} \tag{17} \] が得られる。また、式(10)は、 \[ -\frac{dT}{dz}=\frac{g}{C_p}\dfrac{1+\dfrac{Lq_s}{R_dT}}{1+\dfrac{\varepsilon L^2q_s}{C_pR_dT^2}} \tag{18} \] となる。さらに \(dT/dP=(dT/dz)(dz/dP) \) に代入すれば、 \[ \frac{dT}{dP}=\frac{\dfrac{R_dT}{C_p}+\dfrac{Lq_s}{C_p}}{P\Big(1+\dfrac{\varepsilon L^2q_s}{C_pR_dT^2}\Big)} \tag{19} \] が得られる。
式(19)は従属変数・温度\(T\) が、独立変数・圧力\(P\) の常微分方程式で表されており、これを積分することにより、
温度と圧力の関係式が得られる。
この式は解析的に積分することができず、数値積分(例えば、陽的なオイラー法など)を用いて、積分することができる。
また、積分のときに初期条件(または境界条件)を必要とする。P=1000 hPaのときの湿潤空気の温位(湿潤温位 \(\theta_w\) )を
初期条件としてP-T線図を描くことができる。
湿潤断熱線を描くための水の物性値として、H2Oのガス定数\(R_v\) 、水の三重点\(T_0\)、三重点での 飽和蒸気圧\(e_0\) 、水の蒸発潜熱\(L\)、氷の蒸発潜熱\(L_v(ice)\) の値は次のとおり。 \[ \begin{align*} R_v & = 461.7 \rm{J/K/kg} \\ T_0 & = 273.16 \rm{K} \\ e_0 & = 6.1173 \rm{hPa} \\ L & = 2.500 \times 10^6 \rm{J/kg} \\ L_v(ice) & = 2.834 \times 10^6 \rm{J/kg} \\ M_w & = 18.015 \rm{g/mol} \\ \end{align*} \]
数値解法
式(19)を積分するためには境界条件または初期条件を一つ必要とする。エマグラムを描画する上で、通常、境界条件はP=1000hPa、T=θ(温位)を与える。
P=1000hPaから、刻み幅\(\delta P\) を負の値として与えることで、高層側(圧力が低くなる側)へ積分することができる。逆に正の値を与えることで、 低層側(圧力が高くなる側)を計算できる。圧力の上限が1000hPa以上のときには、1000hPa以上の側と、1000hPa以下の側と、2回数値積分する必要がある。
また、Showalter Stability Index(SSI)を計算するとき、飽和混合比と乾燥断熱線との交点から、湿潤断熱線を描くことになるが、この交点の\(P,T\) 値 を初期値とし、500hPaまで積分すれば、SSIの算出は可能となる。
ホームページ1)では、数値積分法として、Euler法(数値解法としては陽的前進差分法)を使っているが、あとで紹介するエマグラム描画ツールでは 4次精度のRunge-Kutta法を採用した。なお、数値積分法については、エマグラム応用編で詳述する。
等飽和混合比線
飽和混合比\(q_s\) は、式(12)で表される。これを変形し、 \[ \begin{align*} e_s & =\frac{q_sP}{\varepsilon +q_s} \tag{20a} \\ P & =\frac{e_s}{q_s}(\varepsilon +q_s) \tag{20b} \\ \end{align*} \] が得られる。
いま、飽和混合比\(q_s\) と温度\(T\)を与えると、Clausius-Clapeyronの式(14)から飽和蒸気圧\(e_s\)
が求まり、式(20b)から圧力\(P\) を求めることができる。
したがって、飽和混合比が一定となる、温度-圧力の関係を求めることができ、エマグラム上で等飽和混合比線を
描くことが可能となる。
高層気象観測データ
日本をはじめ、全世界の高層気象観測データは、ワイオミング大学のホームページ http://weather.uwyo.edu/upperair/sounding.htmlで閲覧することができる。 このサイトで、特定の観測地点の観測データを得るとき、図2に示すマップと入力ボックスとで指定する。
サイトトップで地域を東南アジア(Southeast Asia)を選択すると、マップが表示され、日本はマップの右端に表示される。 高層気象観測データの形式(Type)や、年月日を指定し、マップ上の白い番号または記号をクリックすると、 観測データが形式に合わせて表示される。
表示形式として、"Text:List"を選択すると、表形式の観測データが出力される。
また、"Gif:Stuve"を選択すると、図3に示すような気圧-気温の座標系のエマグラムが画像として出力される。
図のキャプションにあるように、2015年7月5日00UTCのときの観測データである。
ワイオミング大学の高層気象観測データを、MS-Excelに取り込む方法は、エマグラム応用編で解説するが、 基本的には、htmlファイルとして保存し、htmlファイルをテキストとして編集ソフトで開き、データ羅列部分を コピー・ペーストすることで、MS-Excelに取り込むことができる。
状態曲線
高層気象観測データは、先に示したように、表形式になっており、MS-Excelに取り込むのに都合がよい。 取り込んだ観測データの気温と気圧とをエマグラム上にプロットすると状態曲線を得ることができる。また、 露点温度と気圧とをプロットすれば、露点曲線を得ることができる。
またワイオミング大学の高層気象観測データには、気温と露点の高度分布以外に、温位、相当温位、仮相当温位、風向・風速、湿度、混合比などの
高度分布がある。また、これら高層データの状態曲線などから算出される各種パラメータがリストとして示される。
Gif出力図の図3の右端に文字・数値が描かれているが、これらが計算されたパラメータを示している。
これらパラメータのうち、Showalter index、LFC、LCL、CAPE、CINなどの情報が得られる。これら情報の詳細はエマグラム応用編で 解説したい。
エマグラム上に状態曲線を描いたチャートは、Univ. of Wyomingのサイト以外にも、サニースポットのサイト
http://www.sunny-spot.net/emagram/index.html?area=0でも図を表示し、ダウンロードすることができる。
ダウンロードしたサンプルを図4に示す。図は2015年7月5日00UTCのときの観測データである。
Sunny-spotのサイトのチャートでは年月が記載されないので注意を要する。
日付・時刻は、図3のワイオミング大のGif出力と同じである。
Excelによるエマグラム描画ツール
MS-Excelに高層気象観測データを取り込み、エマグラムを描画するツールについては、エマグラム描画ツールにて詳述する。 ここでは、ツールについて簡単に紹介する。
MS-Excelに備わっているVBA( Visual Basic Application)を用い、上記で解説した乾燥断熱線、湿潤断熱線、等飽和混合比線を
描画し、さらに高層気象観測データの気温、露点温度の高度分布や風向・風速の高度分布を描画することができる。
描画したサンプルを、図5に示す。使用したデータは2015年7月5日09JST(00UTC)のときの観測データである(図3、図4と同じ日時のもの)。
なお、詳細な使用方法については別途紹介するが、各種断熱線等の色、太さ、タイプを設定することが可能である。また描画範囲の温度上下限、 圧力の上下限、各軸の長さなども指定可能で、任意の大きさ、範囲のエマグラムを描画することができる(ようにコードが組まれている)。
特に、気象予報士試験でたびたび出題されるShowalter Stability Index(SSI)を図から求める問題で、断熱線を内挿して求めるとき、
直線定規だけで線を引こうとすると誤差が大きくなって、期待する値が得られないことがしばしば経験することである。
それゆえ、エマグラムを描画するツールを開発して、SSIをより正確に求めることが本ツール開発の発端となっている。
本ツールでは、SSIを求めるときの補助線を描画する機能(850hPaからLCLまでの乾燥断熱線、そこから500hPaまでの湿潤断熱線を描画)を
備えている。今までデバッグのために、本ツールで求めたSSIと、Wyoming Univ.で求めたSSIとを比較したところ、
小数点第1位くらいまでは一致していることを確認している。
Literature Cited
本ページを記述するに当たり、以下のサイト、図書・文献を利用しました。
また、関連ファイルのダウンロードは、こちら(未リンク)で取り扱っています。
- 参考サイト、図書・文献
- 1) エクセルのグラフで学ぶ気象学:http://www.geocities.jp/u4ren6/index.html
- 2) 二宮:「図解 気象の基礎知識」、オーム社、東京(2009)